玄奘は10年以上前の約束も命がけに守る! 僕が三蔵法師にハマった理由完結編

  • プライベート
  • 2014.2.21
  • かいたひと:さんぞう

さんぞうです。

三蔵法師について口がうまくて半端ない体力とメンタル、破天荒さについて書いてきましたが、これだけだとワイルドなお調子者みたいになってしまうので、今回は、人情エピソードを書きたいと思います。

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その2で書いた、さんざん引きとめられた高昌国を玄奘が出発する日に、王と「必ず帰りは立ち寄ります」と約束をしました。

普通であれば「まあ、また来ますから今日はこのくらいで」的な、引きとめを制するための方便であることもあるでしょう。高昌国はまだ中国に近く、旅は前半。玄奘は天竺に向かうという命懸けの目的があるため、方便を使ってもしかたない気もします。

しかし、10数年後玄奘は中国へ帰る途中、高昌国に立ち寄りました。

忍びの旅であった行きとは違い多くの経典を持ち帰る必要もあり、普通であれば海沿いを船で行くことを考えるでしょうが、(実際散々海沿いで帰れと勧められました)またわざわざタクラマカン砂漠を越えて、高昌国に帰ってきたのです。

10年以上前の約束をずっと忘れず覚えており、立ち寄ったのです。

とても高昌国王はよろこんだと思いませんか?

ですが、高昌国はその時すでに唐に滅ぼされ、王も死んでいたのです。

玄奘はとても悲しんだと思います。
もしかしたらなぜ高昌を攻めたのだと、唐の都を目前として唐に怒りさえ感じたかもしれません。それでも皮肉なことに、禁を破って出国した唐の状況がかわっており、玄奘は罪に問われずむしろ大歓迎され唐に凱旋することになります。

そしてその後、玄奘は唐の皇帝お抱えの国家事業である経典の翻訳事業や「大唐西域記」の編纂などを行い、三蔵法師と呼ばれるまでになります。

いかかでしたでしょうか、玄奘はとても義理人情もある人物であったと思います。やはり、とても惹かれます!

冒頭の写真は、行ったことある人ならすぐピンとくるかもしれません。ヴァナラシ(ベナレス)のガンジス川です。

沐浴したかったのですがやめといた方がいいと言われたので、手で川をバシャバシャして遊びました。

生ぬるかったです。

最後に。もっと玄奘三蔵の事を知りたい人へ

3回にわたって玄奘三蔵の魅力を書いていきましたが、とりあえずこれで一旦終了です。

西遊記とは違うリアルな三蔵法師の姿を少しでも感じられたら幸いです。

また、これを機に興味をもってくれたらとてもうれしいです!

最後に三蔵法師のことをもっとくわしく知りたいと思った人にお勧めの書籍をいくつか紹介したいと思います。

玄奘三蔵 (講談社学術文庫)
慧立
講談社
1998-06-10


まさに玄奘の伝記です。玄奘の生い立ちから天竺へ旅立ち、帰国までの話が書かれています。私が主に研究していた「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」の現代語訳版で、大変読みやすくなっています。

三蔵法師 (中公文庫)
中野 美代子
中央公論新社
1999-06


玄奘三蔵の一生、業績などをまとめている本です。西遊記との比較なんかもすこしあるので、西遊記が好きな人は読んでみるといいかもしれません。

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